1988年、昭和六十三年。
昭和の終わりが近づく秋。時代はバブルの真っ盛り。駆け巡り出した泡のような金が、人々の豊かさと軽薄さを保障していた頃の、ある人々の1日のお話。
舞台は映画の撮影スタジオ。
ここではかつて一世を風靡した国民的女性歌手ノリコの、伝説となった逸話のいくつかを題材にして映画を作っている。
ノリコは人気絶頂の頃、突然人々の前から姿を消した。心を病み、その治療薬の大量摂取による薬物依存によって人前に出られなくなってしまった。そのノリコの芸能界復帰の映画でもある。
本日の撮影シーンは、昭和二十九年の青函連絡船。
母と共に父の遺骨を引き取り東京から帰る若き日のノリコと歌手に逃げられ、途方に暮れたドサ回りの楽団員と興行師の出会い。この興行師達との出会いがノリコが国民的人気歌手になっていくきっかけだったのだ。
青森港を出港した青函連絡船は函館を目指して津軽海峡をゆく。数日前、洞爺丸がこの海峡に呑みこまれた。悲劇の記憶はまだ生々しく、人々に暗い陰りを落としていた。
撮影中、自分の母親役を演じるノリコの具合が悪くなる。原因は、謎の国鉄職員。なぜだかノリコには下半身だけが鹿に見えてしまうのだ。
撮影は中断を繰り返し、ノリコの精神状態が撮影所全体に影響を与え始めた時、1988年の人々に、突如、昭和二十九年の洞爺丸の悲劇が襲いかかる。